新着記事
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タビケンプライム / ロンドン
元・工場勤務のShionさんがタビケンプライムで英語をガチる!磨いたスキルでイギリスのYMSへ挑戦
高校を卒業してから、群馬県の工場で働いてきたShionさんには、ワーキングホリデーでイギリスへ行きたいという思いがあった。半年ほど独学で英語学習を続けたものの、聞くだけでは話せるようにならないという現実に突き当たっていた。 継続の難しさと成長の実感のなさから頼ったのが、タビケンプライムだ。5人グループでの授業と、発話をLINEで添削してもらえる伴走体制が合っていたようで、半年ほどの受講でクラスは進級し、スピーチコンテストでもスコアを伸ばすまでになった。 来週、ShionさんはYMS(Youth Mobility Scheme)を使ってイギリス・ロンドンへ渡航する。現地では語学学校に通いながら飲食店などで働き、いずれは映画制作の現場に関わることを目指している。その一歩を踏み出すまでの記録をお届けします。
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タビケンプライム / メルボルン
ワーホリ年齢制限は30歳!Ryoさんがタビケンプライムで掴んだメルボルン留学のリアル
30歳を目前にした、Ryoさんの決断。金融機関に勤めながらファイナンシャルプランナー2級や証券外務員資格を積み上げてきた会社員が、友人との何気ない雑談で知ったのはワーキングホリデービザの年齢上限が30歳だという事実だった。 22歳のとき、ほとんど英語を話せないままニュージーランドへ3ヶ月間留学した記憶が、背中を押した理由の一つだった。宅地建物取引士の試験に合格したタイミングで転職の選択肢を広げたいと考え、タビケン留学のタビケンプライムを選び、再び英語との向き合い直しを始める。 受講を終えたあとはILSCメルボルンでの語学留学を経て、いまはワーキングホリデービザでメルボルンで生活。測定不能レベルの英語力からCEFR B1(中級レベルの入口)まで急速に力を伸ばしたRyoさんの、タビケンプライムから新生活までの記録をお届けします。
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フィリピン / セブ
IELTS 7.5から「あと0.5」が一番難しい!英語オタクMiyuさんがEnglish Fella 1のスパルタ環境を選んだ理由
「英語オタクMiyu」として発信し、英語スクールを経営するMiyuさん。教える立場でも、自身はバイリンガルではない。今の悩みは「喋れない」ではなく、もう一段上へ——前回のIELTSは7.5、目標は8.0。その0.5が一番遠いと知っているからこそ、仕事もインフルエンサー業も脇に置き、もう一度本気で英語に向き合う時間をセブに求めた。英語を教えてきた人が、学ぶ側に戻ったフィリピン留学の記録をお届けする。
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オーストラリア / シドニー
ICUで痛感した言葉の壁。看護師Harukaさんがイングリードからフィリピン&シドニーへ歩んだ2カ国留学
ICUで英語圏の患者の急変に立ち会い、言葉が通じず何もできなかった——その悔しさが、東京の病院で9年間働いてきた看護師・Harukaさんを動かした。目指したのは英語を武器に国際的に活躍できる看護師。段階を踏む道を選び、日本でのインプット、フィリピンでのアウトプット、そしてシドニーでの看護留学へと3つのステージを一歩ずつ踏み越えた。仕事を辞め、年齢制限を前に踏み出した2カ国留学の軌跡をお届けする。
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タビケンプライム / シドニー
英語は身ぶり手ぶりだった28歳ホテルマンのKentoさんが半年の準備とシゴサポでシドニーの4ツ星ホテルに就職するまで
接客のプロでありながら、英語だけはずっと苦手だった。日本各地のリゾートホテルでフロントとして6年、海外のお客様には身ぶり手ぶりとGoogle翻訳でしのいできたKentoさん。転機は友人と訪れたニュージーランド。諦めていた世界がぐっと近く見えた瞬間に、ワーキングホリデーを決意した。タビケンプライムで半年準備を積み、シドニーでは念願のホテルポジションを掴んだ。渡豪1か月、現地からの軌跡をお届けする。
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フィリピン / セブ
独学でIELTS7.0、それでもフィリピン留学を選んだ理由!英語上級者のFuyukaさんがBLUE OCEANで実感したセブの価値
イギリスの大学院を修了し、子ども向け英語塾を経営するFuyukaさん。独学でIELTS 7.0を取得した実力者が、今年掲げた目標はオーバーオール8.0だ。教える側にいる人が、なぜ今あらためて学び直すのか——。選んだ舞台はフィリピン・セブ島。「初心者向け」という思い込みは、IELTSを高レベルで教えられる講師の存在を知った瞬間に一変した。1日10時間のレッスンで掴んだものとは。3週間の記録をお届けする。
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カナダ / トロント
エンタメ業界で7年働いたRinaさんが目指したのは本場トロント!タビプラでの準備から現地語学学校で充実したワーホリ生活を送れた秘訣を大公開【ILAC / International Language Academy of Canada】
留学への憧れはずっと胸の奥にあった。ブライダルやライブ、スポーツイベントの現場を約7年走り続けてきたRinaさんもそんな一人。仕事は楽しく、辞めるきっかけもないまま日々が過ぎていく——転機になったのは30歳という節目だった。「今しかない」と選んだ先はカナダ・トロント。エンタメが盛んな街で、ニューヨークへもバスで行ける。そんな街との縁と、タビケン留学のカウンセラーの誠実な対応が、最後の背中を押した。
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フィリピン / セブ・ブリスベン・メルボルン
退職して海外へ。元英語教員Shoさんのフィリピン留学とオーストラリア生活10か月のリアル
英語教員として9年、知識を伝えることはできても、いざ会話になると言葉が止まる。「このままじゃ足りない」——そう感じたShoさんは退職を決め、フィリピンからオーストラリアへ、合計10か月の海外生活に踏み出した。ブリスベンとメルボルン、環境が変わるたびに積み重なる「通じた喜び」と「言い切れなかった悔しさ」。英語が科目から道具へと変わっていく過程を、迷いながら泥臭く進み続けた10か月の記録を聞いた。
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タビケンプライム / ロンドン
元芸能マネージャー樺澤まどかの次なる挑戦はロンドン(YMS)!オーストラリアでのワーホリから帰国後にタビケンプライムを受講した理由とは?
エンターテインメント業界でタレントの裏方と表現者、二つの顔を持っていた樺澤まどかさん。コロナ禍が「自分の人生はこのままでいいのか」という問いを生み、30歳の節目に慣れ親しんだ場所を飛び出した。最初のオーストラリアでは英語なしで飛び込み、コミュニケーションの壁に直面する。その挫折を糧に次に選んだのが、憧れのロンドン。再挑戦のパートナーはタビケンプライム。語学だけでなく、マインドまで変えた体験のリアルに迫る。
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オーストラリア / ケアンズ・シドニー
自ら立ち上げた芸能事務所を退任しオーストラリアでワーホリに挑戦!未経験からバリスタでカフェ勤務できたのは気合いと根性だった?
幼少期から芸能界で活動し、自ら事務所を立ち上げた経営者——そんなHonokaさんが26歳で手にしたのは、人生で初めてのパスポートだった。慣れ親しんだ環境をすべて後輩に託し、向かった先はオーストラリア・シドニー。「一度は英語圏で生活したい」という幼い頃からの夢を、ゼロから叶えにいった。言葉も通じない異国の地で独学でバリスタの座を掴み、現地でも高く評価されるまでになった彼女の軌跡を深掘りする。
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